2021年大河ドラマの主役、渋沢栄一ってどんな人?

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第60作目となる2021年の大河ドラマ「青天を衝け」は、日本資本主義の父と言われる渋沢栄一が主役です。2024年の新一万円札の肖像になることでも話題ですね。

500以上もの企業設立に関わった大実業家ですが、名前は知っているけど詳しくは知らない人もいるのではないでしょうか?

ここでは渋沢栄一の生い立ちからその功績をご紹介したいと思います。

渋沢栄一|農民から幕臣へ、そして明治の世へ

栄一は天保11年(1840年)に武蔵国榛沢群血洗島村(現埼玉県深谷市血洗島)で、渋沢家長男として生まれました。豪農の家に生まれ、幼い頃から学問と剣術を学びました。北辰一刀流の千葉道場に入門し、多くの勤王志士と交流するうち、栄一自身も尊皇攘夷思想に染まって行きます。

攘夷思想とは、簡単に言うと外国を排除すると言うことで、実際栄一は仲間とともに横浜を焼き討ちし長州と連携して幕府を倒す計画まで立てていました。

それは従兄弟の説得により中止しましたが、そのことで親類に累が及ばないよう京都に逃亡します。そこで知人の紹介から一橋慶喜の家臣となり、その後慶喜は将軍になったので、栄一は幕臣となります。

倒幕しようと思っていたのに幕臣になったのですね。正反対とも言える立場ですが、それも幕末という時代ゆえでしょうか。

その後、パリ万国博覧会に出席する慶喜の異母弟の随身としてパリに渡航します。そこでヨーロッパ各国を巡り、日本よりはるかに進んだ産業や軍備、社会制度を目の当たりにして感銘を受けます。

栄一が欧州にいる間に、慶喜は大政奉還し、明治の世へと移り変わりました。明治新政府からの帰国命を受け日本に帰国した後、欧州での視察を生かし慶喜のいる静岡で商法会所を設立します。

商法会所は貸付金を資本に、静岡藩内で官民合同による殖産産業を進め、そこで得られる利益を返済に充てました。それが軌道に乗り、新政府から一目置かれた栄一に、士官の呼び出しがあり、当初は断っていたものの大隈重信の説得もあり、大蔵省に入省することとなりました。

大蔵省時代には、軽量に用いる長さ・量・重さの基準を定めた度量衡制度を制定したり、質の悪い紙幣の改良を行い流通させる紙幣制度の改革などを行いました。

1875年に退官した栄一は、その後実業家として目覚ましい功績を残すことになるのです。

渋沢栄一|実業家としての功績の数々

退官後、官僚時代に設立を指導していた第一国立銀行(現みずほ銀行)の頭取に就任し、それ以降、実業界で生きていくことになるのです。明治8年(1875年)には商法講習所(現一橋大学の源流)を設立しています。

また栄一は、地方銀行の設立に力を入れていました。第一国立銀行での約款や制度などのノウハウを惜しげも無く広めていき、銀行設立のための手厚いサポートを行います。それにより、国の中心にお金が集まるシステムだったものが、地方でも手軽に扱えるようになり、お金は権力の象徴ではなく、社会貢献に必要な財源であるとの意識改革に繋がっていくのです。それにより地方産業の活性化に繋がっていきます。

加えて、現在にも残る有名企業など、多種多少な企業の設立に関係しています。帝国ホテル、王子製紙、日本鉄道株式会社(現JR東日本)、札幌麦種(現サッポロビール)、麒麟麦種(現キリンビール)、田園都市(現東急)、京阪電気鉄道、東京証券取引書、東京海上火災保険(現東京海上日動火災保険)など、その数実に500以上にのぼります。

栄一の理念の元は幼い頃より学んだ論語にあります。大正5年(1916年)刊行の著書『論語と算盤』で、『富をなす根源は何かと言えば、仁義道徳。正しい道理の富でなければ、その富は完全に永続することができぬ』と記しています。

経済を発展させ個人で利益を独占するのではなく、国全体を豊かにするために富は全体で共有し、社会に還元するということを説いています。

関東大震災の復興のための寄付金集めや、中国での水害による被害の復興の義援金集めをしたり、博愛社(現日本赤十字)や養育院(現東京都健康長寿医療センター)設立などの社会事業にも力を入れていました。

そんな栄一は、1926年と1927年のノーベル平和賞の候補にもなっているのです。

さらに栄一は、男尊女卑社会の中でも女性教育の重要性を認識し、日本女子大学校や東京女学館の設立に携わっています。

まとめ

これを読むだけでも、栄一の活躍無くしては現在の日本経済はあり得ないのでは、と思いますね。

栄一は昭和6年(1931年)11月に死去します。享年92でした。栄一のお墓は東京の谷中霊園にあります。その谷中霊園には栄一が仕えた徳川慶喜のお墓もあり、栄一のお墓は慶喜公のお墓に向かって立っているそうです。

いかがでしたでしょうか?逆境に負けない強い信念を持ち、その信念を貫き行動した渋沢栄一。今のこの困難だらけの時代に栄一が生きていたら、何を感じ、どう行動したのでしょう。それを想像してみると、私たちが生き抜くためのヒントが得られるのかも知れませんね。

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